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観音さまのお膝元に詣で帰依する「祈りの旅」ともいわれるのが
「観音札所巡礼」である。 三十三という数は「普門品ふもんぽん」 に見える「三十三身応現」すなわち観音さまが三十三通りに身を変えて、
われわれを救われるという広大な慈しみのおはたらきを表す数字なのである。 いま「心の拠りどころ」を求める人びとが、巡礼にその場を得ていると
いわれる。 古来から日本人は「旅」を好み旅によって人は磨かれるとも 教えられてきた。 はじめは純粋な信仰心からというより、行楽的な気持ち
で巡礼に出かけた人も、札所から札所への道も霊場であるといわれるだけに、 いつしか心が洗われ、信仰の世界に入っている自分を見出すことができる。
巡礼は、そんな「旅の中の宗教」なのである。
(中略)
巡礼はそれを行う過程の中で、自分を磨いてゆく「行」である。 その往還の手段はともかくとして、なにより巡礼に身をゆだねてみること
である。非日常の環境の中で観音さまと「同行二人どうぎょうににん」 利生りしょうが得られることは、多くの巡礼者の告白が明らかにしている。
「仏種ぶっしゅ」は縁によって起こると説かれる如く、巡礼による「信と行」 は、いつしか、われわれが本来有している仏と成る可能性、すなわち、
「仏性ぶっしょう」を開発し、そこにもう一人の自分を見出すことが できるようになる・・・・・(後略)。
本書収載、清水孝尚浅草寺貫首寄稿
「観音札所の歴史と信仰」より一部抜粋。
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